ACIDMANは西武学園文理高校で結成!名前の由来や秘話、解散危機など経歴!

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2024年1月19日(金)公開の映画「ゴールデンカムイ」。

この映画の主題歌を担当するのが、ACIDMANです。

ACIDMANの曲は、静と動を生かしたサウンドで、歌詞は独特な世界観を表現しファンを引き付けて止まないロックバンド。

ACIDMANのメンバーは「西武学園文理高校」の軽音楽部で結成されたロックバンドです。

そこで今回は

・ACIDMANの経歴!結成秘話・名前の由来は?
・ACIDMANのメンバーのプロフィール
こういったことを記事にしますので、最後までご覧ください。
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ACIDMANの経歴!結成秘話/名前の由来は?

では、ACIDMANの結成に至った経歴や、名前の由来をみてみましょう。

ACIDMANのメンバー

ACIDMANは、3ピースバンドです。

写真向かって左から

佐藤雅俊(さとう まさとし)さん:ベース、コーラス担当
大木伸夫(おおき のぶお)さん:ボーカル、ギター担当
浦山一悟(うらやま いちご)さん:ドラムス、コーラス担当
では、「ACIDMAN」の結成秘話をみていきましょう。

ACIDMANの出身高校

ACIDMANのメンバーは埼玉県狭山市にある私立西武学園文理高校」の軽音楽部のメンバーです。

ちなみに、「私立西武学園文理高校」の偏差値は「66-72」と高学歴の高校です。東京大学などの国公立大学や医学部へ進学するなど、屈指の進学校です。

進学校ですが、部活動においては、運動部も文化部も活動的で、毎年行われる体育祭や文理祭も盛り上がっているようですよ。

他にも卒業者には、梅田陽子(アナウンサー)、落合一貴(バレーボール選手)など様々な分野で活躍している方々がおられます。

ACIDMANの誕生秘話

ACIDMANは、上述したように、「私立西武学園文理高校」の軽音楽部で結成されます。

しかし最初から現在の3人でバンドを組んだというわけではなく、

・大木さん
・佐藤さん
・椎橋武史さん(元メンバーで前ボーカル担当)

3名が「LSD」というバンドを組み

・佐藤さん
・浦山さん

の2名が「HUM AND LOUD」というバンドを組んで活動

していました。

佐藤雅俊さんは大木さんのいる「LSD」ではベース、浦山さんのいる「HUM AND LOUD」ではボーカルを担当していました。

佐藤さんは掛け持ちしていましたが、2つのバンド同士は仲が良く、3-4人でよく遊びに行っていたんだとか。

ドラムスの浦山一悟さんは大木さんのセンスに当時から憧れていて、どうしても一緒にバンドを組みたかったそうで、「LSD」になんとか近づきたい一心だったそうですよ。

仲良くなった流れで(浦山さんが大木さんに猛アピールして)、いつしか浦山さんがLSDのドラムスとして引き入れられたことから、ACIDMANが結成されます。

ですので当時のACIDMANは4人で結成されたバンドでした。

「ACIDMAN」の名前の由来は?

バンド名「ACIDMAN」名前の由来ですが、『気難しい人』という意味がありますが、特に意味ないようです。

インタビューで大木伸夫さんは、

「acid」という言葉の響きが良かったことと、意味を調べると面白かったから、「ACIDMAN」でいいんじゃない?

となったそうですよ。
ちなみに大木さんが名付け親ではなく、「LSD」のボーカリスト、椎橋武史さんが名付け親

LSD」のバンド名も椎橋さんで、自身が夢見がちな少年だったため、「Lonely Scribe of Dreamer(夢見る男達の悲しい落書き)」の略として名付けられています。

ボーカリストが脱退

1997年、高校の軽音楽部時代に結成された「ACIDMAN」ですが、

1999年にはボーカリスト、椎橋武史さんが脱退します。

脱退理由は、「建築士になりたいから」でした。

椎橋さんは、高校1年生からバンドを組んでいた大木さんに「バンドで飯を食うつもりはない。」「建築士になる」と話していました。

大木さんも音楽の楽しさが分かればバンド活動を続けるだろう。と思っていたけれど、大学受験を控え、椎橋さんは脱退します。

ちなみに、椎橋武史さんは都立大学の建築科を卒業し、今では一級建築士となりバリバリ活躍されているそう。

その後、ボーカル不在となり、新しいボーカリストを入れるかも考えましたが、見つからず、大木伸夫さんが「一回弾きながら歌ってみるわ。」という流れからトントン拍子でインディーズのCDデビューが決まるのです。

「一回弾きながら歌ってみるわ。」でそのままヒットしていくのですから、凄いですよね。

「ACIDMAN」は3ピースバンドとなり、大木伸夫さんがギターとボーカルを兼任し、作詞作曲を開始します。

CDデビューで15万枚のヒット

1999年以降も3ピースバンドとしてACIDMANは、下北沢・渋谷を拠点にインディーズ活動を継続していました。

そして音楽レーベル「Nomadic Records」からCDデビューの声がかかります。

2000年に「Nomadic Records」からインディーズ版『赤橙』が発売されます。すると、翌年には、有線年間インディーズチャート3位に入るなど快挙を達成しました。

そんな折、旧東芝EMIからメジャーデビューの話を貰います。

しかし大木伸夫さんは翌年に国家資格である薬剤師試験が待っていました。
なので1年メジャーデビューの話は待ってもらい、大木さんは1日12時間の猛勉強。

無事に薬剤師の免許を取得し。レコーディングに臨みます。

2002年10月にEMIより、アルバム『創』をリリースしメジャーデビューを果たします。

このデビューアルバムが15万枚の大ヒット

2003年にはROCK IN JAPAN FESTIVALCOUNTDOWN JAPANといった大型フェスへの参加も果たしました。など、輝かしい栄光を手にし、今もなお多くのファンから愛され続けているわけです。

解散危機があった!?

順風満帆なバンド活動かと思いきや、ACIDMANは、一度解散危機がありました。

それは、2005年12月7日に4枚目のアルバム『and world』をリリースした後の事でした。

作詞・作曲も手がけるボーカルの大木伸夫さんが、佐藤さんと浦山さんの二人に対して常々感じていた不満が爆発します。

その不満とは、自分ばかりがACIDMANの楽曲や作詞に没頭しているものの、二人からの提案もなく、やる気を感じられず、かなり温度差を感じていたことでした。

そんなとき、大木さんは、東京スカパラダイスオーケストラの谷中敦さん、加藤隆志さん、GAMOUさん、(川上)つよしさんの4人に相談します。

すると、

「3ピースバンドは正三角形は無理。二等辺三角形でいい。お前がやること多くて当たり前。今やめて他のバンドと組んでも今以上にはならない。」

といったような助言を受けます。

その後、3人で話し合い、なんとか解散危機は免れたようです。

また佐藤さんと浦山さんはカリスマ性のある大木伸夫さんに今でも憧れがあり、気持ち的には「ついていきたい」が本音だそう。

ACIDMANは圧倒的なカリスマ性を誇る大木伸夫さんが引っ張て行くバンドなんですね。

いや~解散されなくてよかった!!

ACIDMANは西武学園文理高校で結成!名前の由来や解散危機など経歴!まとめ

・ACIDMANは西武学園文理高校軽音楽部内のメンバーで結成されています。
もともとの「LSD」というバンドと「HUM AND LOUD」というバンドが融合した形となりました。

・名前の由来は「意味がない」とのことで、響きが良かったんだとか。名付け親は脱退した元ボーカルのメンバーです。

・4枚目のアルバムを作成した後に解散危機がありました。大木伸夫さんが他メンバーへの不満を募らせたからでした。しかし話し合いの末、解散危機を脱しています。

2024年1月19日(金)公開の映画「ゴールデンカムイ」の映画の主題歌を担当するのが、ACIDMANです。映画も楽しみですね!

 

これからも応援しています!ありがとうございました。

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