脇園彩のwiki経歴プロフ!生い立ちや両親、オペラ歌手になるまでを調査【情熱大陸】

文化人
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2024年3月17日「情熱大陸」にて、オペラ歌手である、脇園彩(わきぞの あや)さんが出演されます。

脇園彩(わきぞの あや)さんは現在イタリアでオペラ歌手として活動されています。

その生い立ちは、幼少期から両親の影響を受けますが、元々からオペラ歌手を夢見ていたわけではない様です。

そこで今回は、

・脇園彩さんのwiki経歴プロフィール
・脇園彩さんの両親や生い立ちは?オペラ歌手デビューまで調査

について調べてみたいと思います。

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脇園彩さんのwiki経歴プロフィール

名前:脇園彩(わきぞの あや)
生年月日:1988年1月23日
年齢:36歳(2024年3月時点)
出身:東京都
最終学歴:東京藝術大学院

脇園彩(わきぞの あや)さんは、1988年1月23日生まれの36歳(2024年3月現在)

出身は東京都。

脇園さんがオペラの道を志すようになったのは、東京藝術大学に失敗し一浪の途中で見たオペラがきっかけだったとか。

何がきっかになるのかわかりませんね。

大学院卒業後、2013年に文化庁の奨学金を得てイタリア・パルマ音楽院に留学。

以下に学歴経歴をまとめてみました。

脇園彩さんの学歴経歴まとめ

中学:桜蔭中学
高校:桜蔭高校
大学:東京藝術大学 (一浪して入学)
大学院:東京藝術大学院
24歳:イタリア・パルマ音学院へ留学
25歳:スカラ座研修生→イタリアでデビュー
28歳:日本でデビュー
後ほど、生い立ちから詳しく書いていきますね。
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脇園彩の身長

脇園彩さんの身長は公表されていません。

ですので、予想してみたいと思います。

 

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ハイヒールを履いているとはいえ、男性の身長を越していますね。

 

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西洋人の方々の並んでもあまり低い印象がないですよね。

こういったことから、

170㎝あるかないか

くらいの身長でしょうか。

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脇園彩さんの両親や生い立ちについて

では、脇園彩さんの生い立ちや両親についてみてみましょう。

脇園彩さん幼少期

脇園彩さんは両親が劇団員という親の下に生まれます。

特に、母親とは子どもの頃からよく一緒に舞台を観に行くことが多かったそう。

その影響で、小さい時からミュージカルや映画が大好きになります。

また幼少期からヤマハ音楽教室に通っていた中で、ピアノ演奏には興味がなく、歌うことや演じることが好きだったようですよ。

他にも、体操・書道・そろばん・バレエなど色々な習い事をさせてもらったそう。

英語は1歳の頃から親しんでいたようですよ。

脇園さんの両親から受け継いだ「表現力」や幼少期の経験が、オペラ歌手としての核となっているようですね。

桜蔭中学・高校時代

脇園彩さんは女子御三家と言われている、名門松蔭中学・高校出身

東大を目指せる程の難関校ですよね!

猛勉強の末入学した松蔭中学校ですが、周りは自分よりもさらに勉強のできる友達ばかり。

脇坂さんは、今までは小児科医を目指し勉強を頑張ってきたものの、プチ挫折を味わいます。

そこで脇園彩さんは、自分のアイデンティティはなんであったかを模索し始めます。

中学2年生の時には英語劇部に入り、そこで舞台に立つことに快感を感じるように。

そのころから将来の夢は小児科医からミュージカルの舞台と変わっていきました。

幼少期から心惹かれる事って大きくなってからも同じなんですね!

そしてミュージカル俳優となるため、”声楽”を習い始めます。

松蔭中学・高校時代の先生は、東大など高学歴の大学の進学ではなく、芸術方面に進む事を心から応援してくれたそう。

彩さんの友達も東大→フリーランスや農業など、様々な方面で活躍しているようですよ。

脇園彩さん曰く、「自分の好きな事にとことん打ち込む」姿勢はこの学生時代から培ったモノだと話していました。

素晴らしい先生と友達に巡り会っているんですね。

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一浪し、東京藝術大学へ

脇園さんは、当時習っていた声楽の先生の薦めで、東京藝術大学を一浪して入学します。

その一浪時代の夏に米国のメトロポリタン歌劇場の来日公演で、ヴェルディの歌劇「椿姫」の舞台を見て、イタリア・オペラに魅了されます。

そこからはミュージカル俳優ではなく、オペラの舞台に立ちたいと心に決めます

翌年の春、見事東京藝術大学に入学します。

しかしまたしても周りはレベルの高い声楽家たちだらけで、心が折れそうになります。

その時に脇園さんが考えた事は「アジリタを極める」でした。

「アジリタ」とはロッシーニの作品などによく出てくる、細かい音符でコロコロ動くように歌われる部分です。
アジリタを極めることで、周りからも褒められるようになり、さらに磨きをかけたいと思うようになります。

東京藝術大学大学院時代

脇園さんは大学院生となり、ある声楽の講習会で衝撃を受けます。

超一流歌手マリエッラ・デヴィーアの美声を聴き「この声を手に入れたい」と思うほど魅了されます。

脇園さんは、講習会が終わってすぐに、デヴィーアに個人レッスンを申し込みますが、「時間がないから無理」と断られます。

そこでイタリア留学を決意します。

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24歳:パルマ音楽院へ

2013年に大学院を卒業し、「文化庁派遣芸術家在外研修員」という制度を利用して、パルマ音楽院に入学します。

現地にいる日本人の先輩歌手を頼ることができたからだそう。

またイタリア語でのコミュニケーションは難しく、最初は引きこもってしまったそう。

25歳:スカラ座研修生→イタリアでデビュー

脇園彩さんは、イタリアへ留学した翌年、オーディションで” スカラ座修生 ”のメンバーに選ばれます!

ミラノ・スカラ座とは、オペラの本場、イタリアの格式を誇る歌劇場
スカラ座研修生に選ばれることは、オペラ歌手として、スカラ座の舞台に立てる機会を得る最高のチャンスだと言えます。

その後、「ロッシーニ音楽祭」でロッシーニ作曲『ランスへの旅』のメリベーア侯爵夫人役でデビュー。

その役で高評価を得た脇園彩さん。ロッシーニの曲でよく用いられる

そこでオペラ歌手のマネージャーを務めるアジャンテとも知り合い、契約を結びます。

プロのオペラ歌手になった瞬間ともいえます。

これまで挫折を味わいながらもその度に自分と向き合い、心からの情熱に突き動かされ、オペラ歌手となった脇園彩さん。

夢が現実になったのですね。

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28歳:日本でデビュー

脇園彩さんは、イタリアでオペラデビュー後、ミラノ・スカラ座をはじめとして、有名な劇場でプロのオペラ歌手として経験を積みます。

そして、2017年4月には、藤原歌劇団「セビリアの理髪師」ロジーナ役で 日本でオペラビュー を果たします。

脇園彩が29歳の年でした。

20代でしっかりと夢を果たして日本に帰ってくることができた脇園彩さん。両親もさぞ喜んでいたでしょうね。

脇園彩のwiki経歴プロフ!生い立ちや両親、オペラ歌手になるまでを調査まとめ

・脇園彩(わきぞの あや)さんは、1988年1月23日生まれの36歳(2024年3月現在)
出身は東京都。

・脇園さんがオペラの道を志すようになったのは、東京藝術大学に失敗し一浪の途中で見たオペラがきっかけだったとか。

2013年、大学院卒業後、文化庁の奨学金を得てイタリア・パルマ音楽院に留学後。

2014年、スカラ座の研修生になり、「ロッシーニ音楽祭」で注目を浴びます。

2014年イタリアデビュー。

2017年4月には日本デビューも果たしています。

最後までありがとうございました。

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